国外財産調書制度とは?
日本国の税務当局が海外の資産を正確に把握する目的として、2012年度の税制改正により国外財産調書制度が創設されました。
国外財産調書制度は、株や預金、不動産など5,000万円相当を超える資産を日本国外に保有している個人(日本国居住者)に対して、所轄の税務署に調書(財産目録)の提出を義務づけています(制度の適用は2013年12月31日時点の財産から、調書の提出期限は確定申告と同じく翌2014年3月15日となります)。政府税制調査会の説明によれば、5,000万円という金額は「相続税の基礎控除」を勘案して決定したと言われています。
ゆえに、この制度の趣旨が、「海外資産を利用した相続税逃れを防止する」目的であることは明らかです。
国外財産調書制度を故意に提出しない場合や虚偽記載があった場合には1年以下の懲役又は50万円以下の罰金を科すほか、国外財産に関する申告漏れが発覚した場合、過少申告加算税を5%重くするとしています(なお、罰則の適用には1年間の猶予があり、2014年末の国外財産評価分から適用されることになりました)。
ただし、罰則が適用されるのはあくまでも「故意」の調書不提出によるものなので、「過失」によるものであれば本制度の提出義務を免れることができることになります。
もっとも、当局もこうした反論を予想して、「善意の納税者でも調書を出していない場合は、過少(無)申告加算税を5%加重する」という加罰措置を定めています(国外財産を調書に記載していた場合は、過少(無)申告加算税が5%軽減される優遇措置があります)。
これにより、今までは個人名義で資産を持たれていた多くの方々が、次々とオフショア法人を設立する流れが加速しました。
本制度はあくまでも調書の提出義務が日本国に居住する「個人」を対象とした制度であるために、事前に国外財産を個人以外に移転させてしまえば、適用を回避することができるからです。したがって、国外財産調書制度の適用前に個人資産をオフショア法人に移してしまえば、法的には調書提出義務を免れることになります。
ところが、日本国居住者の方が単にオフショア法人を設立し、資金を移動したとしても、残念ながら国外財産調書制度の提出義務を免れることはできません。現在の日本の税法では、オフショア法人を利用した租税回避行為を規制しているためです(詳しくは「外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制)」をご参照ください)。
タックスヘイブン対策税制では、「日本の居住者(個人・法人)が50%超の株式を保有するオフショア法人に対しては、その所得を株主の所得と合算して課税する」と定めています。そのため、オフショア法人に資金移動後、発生した預金金利や投資収益等は、日本国での納税義務があることから、その原資となる「国外財産」もまた調書として提出する義務からは免れることはできません。
ここで、株主比率を50%以下に抑えるために、「ノミニー制度」の活用が検討されます。
ノミニー制度とは、会社の真の所有者の情報を守るために名目上の役員、株主を設けるシステムのことです。
まさに名義貸しそのものですが、日本のように違法となる名義貸しではなく、ラブアンなどのオフショア金融センターではカンパニーセクレタリーなどを代理人とした合法的なシステムが存在しており、ノミニーディレクター(名目上の役員)、ノミニーシェアホルダー(名目上の株主)といった代理人名義で法人を設立するケースも多くなっています(ノミニー制度を使うと、「あなたが真の所有者(役員・株主)です」という法的証明書類を発行されます)。
しかし、結局のところ、ノミニー制度を活用したところで、「真の所有者が日本国居住者であれば、日本での納税義務はもちろん、国外財産調書の提出義務から免れることはできない」ことに変わりありません。
なぜなら、株主の判定は、名義も当然重視されますが、適正な課税を確保する観点から、最終的には「実質株主」で判断することになるからです。マネーロンダリング等の脱税行為での捜査がなされれば、こうした情報が当局に把握され、追徴課税を課されるリスクが非常に高いといえます。
現在はラブアンに限らず、タックスへイブンと言われる国や地域では、自国の金融システムをマネーロンダリングなどの犯罪行為から保護するために、金融機関に対して真の受益者を把握するよう義務づけています。
そのため、ノミニー制度を使ってどれほど真の所有者情報を隠蔽しようとしても、誰かが署名しないかぎり銀行口座の資金移動はできません。「そこに署名する個人こそが口座の実質的な所有者となる」ために、口座情報が税務当局に開示されてしまえば、タックスへイブンを利用した課税逃れはほぼ不可能になるからです。
このように、国際社会の圧力は銀行守秘義務に集中するようになり、今後、タックスヘイブンを利用した課税逃れはオフショア銀行を突破口として課税逃れの摘発が増えることになると予想されます。
さらに、こうした場合、反証義務は納税者側に生じることになります。ノミニーを利用した以上、税務署から「意図的な隠ぺい行為である」と言われてしまった場合、納税者は反論できない上に悪意があることを自ら証明してしまうことになります。
たしかに、ノミニー制度を利用すれば当局にバレにくいことは事実です。脱税行為や国外財産調書制度の提出を怠った者を摘発するためには、当局の局員が海外まで飛んで該当者の情報を入手する必要があるからです。さらにノミニーで法人を設立すると、真の所有者情報が開示されないため、当局が所有者の情報を入手するには大変な手間がかかります(2017年から始まる情報交換協定により銀行口座情報は筒抜けになる可能性があります。参考:「共通報告基準」)。
しかし、バレにくいとはいえ、納税者の情報が開示されてしまえばなんの意味もなさず、さらには「過失」という言い訳が成り立たなくなるため、「故意」による隠蔽工作であることを自ら立証してしまうことになりかねません。
世界的な課税強化の流れの中で、今後海外資金の把握については世界各国が協力体制のもと、透明化する方向に進んでおり、容易に調査ができる時代が来るかもしれません。後になって国税から追徴課税が届き、その時になって知らなかったでは済まされない話でしょう。
ラブアンを始めとしたオフショア金融センターの安易な利用は重加算税、延滞税、最悪の場合は刑事罰にまで発展する可能性もあるため、日本国居住者の方は注意が必要です。